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予想する心と防災・減災

平成24年度活動報告 第2回 「予想する心と防災・減災」

平成24年度第2回(9月3日)
環境・資源科学研究所 三宅淳一

建設工事における危険予知活動

私は建設関係の仕事に35年間ほど従事してきました。仕事を始めた昭和50年代前半は、”怪我と弁当は自分持ち”であり、”事故に遭うのはドジな証拠”という風潮がありました。そんな調子ですから、大して事故は減りません。若かった私も安全帯などつけないまま高いところを平気で飛び歩き、暑いときには腰手ぬぐいでした。
そうしているうち、事故を減らす特効薬みたいな方策が昭和50年代後半から行われるようになりました。KYT(Kiken Yochi Training)とかKYK(Kiken Yochi Kunren)と呼ばれる危険予知活動です。これは、朝礼のときなどにその日に行う作業の状態を想像し、危険を予想して対策を考えるもの。作業員全員で行います。あまり細かく厳密に行うとうっとうおしくなるので、短時間に、簡単に、でもピントはずれにならないことがコツです。
大したことをやっているわけではないのです。その日の自分の作業をちょっと想像して、例えば、突起物があるような作業場なら、”突起物につまずき、転んで怪我をする”といった危険性を予想したり、対策として”突起物にマークをつける”といった他愛もないことを言うだけなのです。時には本質をついた、でも気づきにくい危険の指摘や対策の提案がなされ、一同”な~るほど”と思うこともあります。そうなったら大成功です。
この予知作業は著効がありました。定着する以前と以後では全国レベルの災害発生件数、死亡者数ともに大きく減少したのでした。

予想することの大切さ

危険予知活動はなぜ大きい効果があるのでしょうか。
どうも、ほんの少しでも”想像する”ことや”予想する”ことによって知らず知らずのうちに準備ができてしまい、不幸な目に遭う可能性がずいぶん小さくなるということのようです。
想像とか予想といったことは自分の頭で考えて行う能動的な行為といえます。少しでも自分の頭で考えればその日の作業についての理解度が大きく向上するということでありましょう。当時、建設作業員は監督や班長の指示通りに動くことを旨とし、自分で考えるということをあまり重要視しないのが一般的な風潮でしたから、余計に効果が大きくでたのでしょう。

予想することは日常的に行っている

いちいち予想するなんて面倒そうですが、”想像”や”予想”しながらの行動は日常的にたくさんなされています。例えば、自動車の運転は回りの車の動きを常に予想しながらハンドル操作を行っています。回りに気を配らず信号だけ見て運転したらどうなることでしょう。私にはそんな怖いことはできません。人ごみの中を歩く場合も同じです。
競馬、競輪、パチンコは台を選ぶ時に、またゲームの類は全て予想を楽しむものといえましょう。とりわけ麻雀は他の三人の挙動を観察し、自分の牌の変化の予想を併行して行いつつ、振り込まぬよう(怪我をしないよう)にあがりを目差して頑張るのですから、実に高等な危険予知活動といえます。碁や将棋も同じようなものですが偶然性はありませんから、徹底した予想が要求されます。

予想する心と防災・減災

当然、”予想する心”は地震や洪水といった自然災害に対する防災・減災にも大いに役立ちます。
防災・減災のための設備とは津波や高潮に対する防潮堤や洪水対策の河川堤防、またビルの免震装置といったものですが、これらはある大きさの自然現象(例えば地震の強さ)を想定して作っているので、想定以上の大きさの現象に対しては十分な機能が期待できるとは限りません。そうした時には早いうちにわが身を守る行動を開始していたかどうかで人的被害が大きく異なってきます。縦揺れを感じた時点でとっさに机の下に体を入れることにより飛来落下物による怪我が防げるといったことです。2011年の東日本大震災での津波襲来では避難の迅速さの違いが生死を分けたのでした。2012年7月の九州地方阿蘇周辺の大豪雨でも、もっと早く避難していたら防ぎ得た山崩れの犠牲者がいらっしゃったと思われます。
迅速な対応は、日頃から予想する心を持ち、もし、そのような事態になったらどうするかを決めておくことによって実現できるでしょう。逡巡による時間の無駄が防げるからです。

情報収集と教育が役立つ

情報収集が予想の精度をあげるために効果的です。漫然とした予想でもしないよりはましでしょうが、少しでも情報を集めるとかなりイメージがしっかりしてきます。例えば、国土交通省や地方公共団体などによりハザードマップが発行されてきていますが、これには水害や液状化の可能性が示されています。また、明治時代に発行された五万分の一地図には土地のもともとの姿が示されており、この時点で湿地帯であったようなところは今でも水害に弱いところが多いのです。
群馬大学の片田敏孝教授は震災発生以前より釜石市の子供や関係者に対して防災教育をされてきており、その教育効果は「釜石の奇跡」と呼ばれる3000人の小中学生の迅速な避難という形で現れました。片田教授はその功績により海洋立国推進功労者として政府表彰を受けられました。
教育は学校ばかりではありません。津波のときには各人が勝手に逃げろという”津波てんでんこ”といった言い伝えも、仕事場で定期的に行う避難訓練や消防訓練も教育のひとつです。通常、訓練は資機材の配置、使用法や避難経路の確認といったことが一般的ですが、各人が、災害が起きた場合にはいったいどういう事態になるだろうか、その際はどう行動すればよいだろうか、と予想する機会にしたいものです。

初動が肝心

戦中から戦後10年ほどの間は地震と台風災害の連続でした。そのため、とくに水害対策の設備であるダムや堤防の整備が図られてきました。また、1978年の宮城県沖地震を契機に建物の耐震設計法が1981年に改訂され、阪神淡路大震災の際、改訂後に建てられた建物の被害はそれ以前の建物に比べて非常に小さいものとなりました。しかし、東日本大震災では防潮堤の機能を信用するあまり、避難や対策の初動が適切でなかった例が見られたことは慙愧に耐えません。どんな災害の場合でも初動が死命を制します。迷いなく行動できるよう、”予想する心”を常に持っておきたいものです

土木は天災に負ける

土木の大学生であった頃、駄洒落好きの先輩が”努力は天才に勝る”をもじって標記の言葉をのたまわったのです。当時の私は河川災害を専攻していました。水害の大小は土地の標高に依存するところが大であるため、堤防等をいくら整備しても河川災害の潜在的な危険性はゼロにはならないと考えていた私は、駄洒落ながら深遠な意味を感じました。それ以降の35年の間に起きたいろいろな想定外の災害を思い起こすに、その駄洒落は実に正解であったと思うのです。ですから、防災・減災には設備はもちろんですが、”予想する心”が必須なのであります。